懐徳は身じろぎはしたものの、言葉は発さなかった。だが、相手はそれにどう納得したのか、一方的に話しかけてくる
甩頭髮。
「聞いた話では、お故郷も遠いとか。俺の知り合いにも、遠くから、妻子をおいて都へ働きに来ているものがいましてね」
来たな、と思ったが、これまた反応せずにいると、
「それが
學化粧、可哀相《かわいそう》に喧嘩に巻きこまれたあげく、相手を傷つけてしまいまして。まあ、酒が入っていたのが悪いんですが、ひとり暮らしの侘《わ》びしさを考えたら無理もない。相手が大怪我をして捕まってしまい、今は官衙の牢にはいっていまして、数日中にも判決が言い渡されるってことらしいんですが……この件、ご存知で?」
懐徳は無言
收毛孔療程。
「たぶん、この調子だと何ヶ月かは牢入りってことになるんでしょうが、そうなると故郷に残した妻子が不憫《ふびん》なことになるんで。なんとかして助けてやりたいんですけどねえ、無理でしょうかねえ」
次の言葉までには、少し長い沈黙があった。
「やっぱり無理でしょうなあ。たしかに、それでなくとも大変な方に、無理はお願いできませんものな。疲れて、書類を書きまちがえたりしては一大事ですし」
今度は、懐徳の機嫌をとるようにたたみかけて、
「俺の知り合いという男は働き者で小金を貯めているもので、罪が軽くなるものなら、物惜しみはしないといっていたんですが。そんなことをいっても、袖の下は通じますまいね、あの知事さまがいらっしゃる限りは。まあ、あきらめるよう申しておきましょう」
と、男が腰をあげかける気配がする。
相手が終始、顔を合わせようとせず、懐徳の微妙な表情が見えないのは幸いだった。
「とにもかくにも何事かあったら、またここへ来てくださりゃ、お力になれると思いますぜ」
それじゃあ、と、男は立ち去っていった。
その数日後、判決のいい渡しの場で、またもやちょっとした騒動が起きた。
半年の牢入りを申し渡された男が、猛然とくってかかったのだ。くってかかった相手は、かたわらに立つ下役人だった。
激して言葉は支離滅裂になっているが、要約すると、
「心配はいらん、金銭さえはらえば刑を軽くしてやるといったではないか。これでははじめの予想よりも重くなっている、どういうことだ」
こういうことらしい。